古都の道場 西向き間借り

まとまったことをちゃんと書くために。(まとまってないこと:Twitter→@Picassophia)

而立を前にして

正月帰省からの帰路。本を読む気にもなれないし、ネットを見ていても嫌な気持ちになるので、電車に揺られながら眠る妻を片目に書く。

 

帰省すると、嫌でも過去を思い出すことになる。

過去というのは重い。どこまで行っても拭い去れない。過去というものは過ぎ去ってしまうとゼロになってしまう、完全に消えて無くなってしまう。にもかかわらず、それは現在において大きな力を持つ。なぜだろうか。それは過去であって過去ではないということになる。過ぎ去っているのに過ぎ去っていない。そういうものが過去と呼ばれている。

輝かしい過去というものがあるとすれば、ほんの限られた思い出だけである。それ以外は無意識における抑圧の対象である。思い出したくない、触れられたくない、掘り返されたくないものである。しかしそれはどこまでも自分なのであり、現在にあって切り離すに切り離せない。過去と未来の非対称性を思う。

 

現状にあっては言うまでもないこととして、2024年は日本にとって最悪の幕開けだった。

能登半島の大地震が起きたとき、私は妻と神社の境内にいた。小吉のおみくじを引いた直後、喧しく周囲の携帯が鳴り響いて、まもなく境内も横揺れに包まれた。不気味な新年の幕開けだったと言ってよい。

翌日は妻の実家に挨拶に行って、同窓会に向かう妻を見送った後、実家ではしゃぐ姪甥に囲まれながら航空機事故の報道を目の当たりにした。ただただ、無念というほかない。

 

誇張なく暗い年明けである。今朝実家を出て同窓会を報告する妻と合流して、過去というものを重くのしかけられた。無論妻には何の非もない。むしろ、楽しく思い出を共有できない自分に、こじれた自分に、大いに問題があると言わなければならない。

どこかでそういうものと向き合わねばならない。そうでなければいつまでも大人になれないような気がする。小さなことにひっかかる小さな私が、まだ全然消えてくれそうにない。

 

神社の御籤を見ても、書店で暦を見ても、今年はなすべき仕事を淡々となして、悪気なくとも余計なことを言わずに誠実であるべきだと諭された。違いないと思う。今年はなすべき仕事をする。そして、なにより誠実であるべきである。学問的態度としても、仕事の態度としても、家庭でもプライベートでも、上辺ではない誠実さというものとよく向き合わねばならない。それが而立を前にした自己のあるべき姿を見てであるように思う。