古都の道場 西向き間借り

まとまったことをちゃんと書くために。(まとまってないこと:Twitter→@Picassophia)

教育、AI、ドグマ

休日の朝、ぼんやりと考えることを、適当にまとめる。

ChatGPTが学生に「チャッピー」という愛称で呼ばれるようになって久しい、とまでは決して言えないが、なんとなくそういう呼称がそれなりに安定してきた感がある。少なくともそうした愛称に、いちいち驚きを覚えることはない。だが依然としてそこには違和感と危機感、不安が入り混じる。

私は、極端な人種だと思うが、教科書ですら信じることのできなかった時期がある。何が本当の意味で正しいのか、何が正解なのか、ということが、とかく分かりにくい時代であることも作用していると思うが、信じたくてもどこまでが正しくてどこからが脚色なのか、一介の学生には分からない。そういうことを正当に(赤裸々に)描いてくれている教科書というものはない。だから私は、本当に一時期、本というものをまともに読むことができなかった。

戸坂が言っているが、教科書というものは、しばしばまったく完成したものであるかのように描かれるものである。だが、当然のこととして、学問そのものが完成態で存しているわけでは決してない(もしそうなら、学問というものは教条で十分であって、学的探究は根本的には必要ない)。にもかかわらず、教育制度や課程、具体的には成績評価や入学試験、およびそれらに関わる実務上の処理の意味で、それらはしばしば完成的に取り扱われることになる。あくまでその完成が暫定であることは、教育者であれば誰もが知っている。しかし生徒はまずそのラインで囲まれた区画を、できる限り緻密に自分のものにすることを求められる。それは要するに、全体というものが最初から与えられていて、それに対する適合不適合という仕方で評価に晒されているということである。ここに現行教育制度の課題がある。

それゆえこうした系統主義教育の反動として、探究型が模索されるということも謂れなきことではない。問題は、そこでの探究型は一方で、「ア・プリオリな正しさ」というものについて多くの場合無頓着で、「答え」の多様化に帰着せざるを得ないというところである。結局それは相対主義・懐疑主義に陥らざるをえない。「なんでもアリ」になってしまう。それは学問ではない。

ここまでは分かっている。だから教育は(ないし教育哲学は)ここからどうするかを考えなければならない。ここからまた系統主義か経験主義かという二元的対立に戻ると、結局それはイデオロギー闘争になってしまう。

話がそれてしまったが、ともかく教科書というものがそもそもそうした不安定な状態にあるわけで、学習者が何を拠り所とすべきか、という問題は私は結構真剣に考えるべき課題ではないかと思う。結局数学的なものが「正しい」という(明らかに偏っているにもかかわらずしばしば是認される)イデオロギーが力を持つのは、そのあたりの整備を数学が、良くも悪くもフランス革命後、École polytechniqueを基軸に制度化を歴史的に成し遂げたことに由来するわけで、idiographischな学問についてその辺りをどのように考えていくべきかということが、今日の大きな問題なのである。

事実、人々の多くは、ア・プリオリなものと経験的なものの区別というものを知らない。我々が正解を(ある公理的前提条件の下で)一義的に導きだすことができるということが、文字通り「正解」の唯一の意味であると誤認してしまうと、多くのことがままならなくなる。我々は自分の思想のイデオロギー的側面にたいてい無自覚で、自分が考えていること自体を対象化して考えるという営みに慣れていない。哲学(主に批判哲学)は、この点で今日重要な役割を担っている。とはいえ、このことを教育的に示唆することは決して簡単なことではない。私自身これを教育的に実践することの難しさは身に沁みて理解している。そこをなんとか突き抜けていかないといけない。

そうした点に細かい教育哲学的な仕事がある。これが適当になると、学生は本当にただAIを鵜呑みにするばかりで、AIの真理は(もうすでにいくらかそうであるが)教条化されるだろう。そのとき、我々はまた悪しき意味での(不正確な意味での)宗教というイデオロギーに染まることになる。

「分からないことがあれば、AIに聞く」ということが解決策の「終着点」となり、それが固定化していくということは、傍目で見ていて非常にドグマ的であるように映る。そこで重要なのは、そこに描かれていることが真理か真理でないか、という話ではなく(むしろそこに描かれていることが多くの場合「真理」であるがゆえに)、真理が公式化し、教条化していき、探究というものもなく、従って人々がAIに対する盲目的追従者となっていくという話に不気味さがあるということであろう。もはや現代人は自由ではない。そして自由でない自分を、自由であると思い、そうした状況で生きることに満たされてしまっている。

鵜呑みにするdogmatischな段階から、すべてが信じられなくなるskeptischな段階へ。だが、それだと教科書も含めて、何も信じられなくなり、本も読めなくなる。そこからいかにしてkritischな段階へ至るか。そういうことを考えている。

梅雨の合間に

今日はオフ。本当は休めるほど余裕があるわけではないのだが、疲れがずっと溜まっていて休めていないので、半ば無理やりとった。来週までが締切の論文、授業、校務、いろいろあって落ち着かない。論文を出してしまえば、多少余裕ができるかなというところだが、企画、科研費、下半期の発表計画など、やることは尽きない。慌ただしい。

今朝は自室に除湿をかけて、涼みながらEdifierのスピーカーでクラシックを流して、優雅に仕事をしていた。校務関係の処理と、論文。とりあえず物はできたが、細部がまだまだなので、この数日で煮詰めて、とりあえず〆切が来たら出す。こだわりすぎず、こだわる。そういうことが書き方として少しずつできるようになってきているのは、我ながらいい傾向だと思う。

今年も授業でスコレーに触れる時期がやってきたが、「暇でなければ学問はできない」という命題にはどうしても引っかかる。暇な人ほどたいした学問はしていない、というのも、いささかアグレッシブすぎるが、このあたりは嗜好の問題とかにもなるわけで、和辻と戸坂どちらに惹かれるかというような線引きで事足りると思う。そして、たいした学問をするためには、たとえ気になっても他人の仕事に余計な思案をしないに限る。それが一番である。とはいえ、わかっていてもこの忙しさの対岸でのらりくらりと仕事をしている人を羨むのは、まだまだ未熟が故というところだ。我が身を離るること勿れ。目の前のことを淡々とやらなければなるまい。そうしてそのうちに、何かが変わるときには一気に変わるものだ。

仕事を済ませて、昼食をとって横になったら、酔うように微睡んでしまった。気分が悪いような良いような、起きてはすぐ眠りに入るような、それで一体何時になったのか、確認するほど覚醒もしないで再び落ちていくような、そういう眠り方だ。3時間くらい寝てしまったと思う。おかげで身体の疲れはだいぶ取れたらしい。

夕方は1時間半くらいピアノを弾いた。しいたけ占いは「「自己満足タイムを育成していく」の緑が出ていました」と言っている。「「他人が10喜ぶことを目指すのではなくて、私が1か、0.5喜ぶことをやってみよう」みたいな感じで、リハビリのような行動を取り入れてみて。「1とか0.5ぐらい、自分が喜ぶ行為」というのは、風に吹かれて「気持ち良いなぁ」と思うことや、小鳥のさえずりを聞いて、表情がほころぶなど、そういうことです」。ちょっと良いスピーカーで、ちょっと良い音楽を聴いて、ちょっとピアノを弾いて、ちょっと贅沢に時間を過ごす。平日だけれども、この同じ時間に働いている同僚がいるけれども、それも忘れて、気になるけどメールも見ないようにして、そういう一人の時間を過ごす。そういえば、冷蔵庫の中にチョコシュークリームも入ってるのだった。それを取ってきて食べながら、カタカタとこの記事を書いている。

嫌なことは一人であればいくらでも考えられる。醜いものも醜いこともたくさん考える。そういう小気味悪い皮肉屋な自分が、嫌だが嫌いにはなれない。蠍座だから、いつも他人のことを考えている。そういう献身的な配慮の背後に、毒があることも含めての自分だ、という感覚がある。無論、こんなことを言うのは気色が悪い。だがいつも毒なしでいられるほどの聖人では、私はない。

人生というのはよくわからない。とりあえず頑張ってみるが、それが何につながっているのかよくわからない。よくわからないが頑張っている。日常がそれだから、非日常はせめて頑張らない自分でありたい。

明日からのことを考えると、暗い気持ちにならないでもない。だが、今この時間は「いい時間を過ごした」というのが多分大事で、それでとりあえずよいのだろう。それがあるから明日頑張れるとか、そういうことをしたから明日は頑張らないといけないとか、そういうことは余計なことである。それこそ考えなくてよい。今日は今日、明日は明日である。

あとは読みたい本でも読んで、ごろごろすることにしたい。

神のまなこと終末論

首をやってしまった。

別に言うほど重症でもないが、多少仕事に影響が出る程度には痛い。それでもこういうふうに画面に向かってしまうのは、完全に職業病だろう。この土日も、出勤こそしなかったが、結局家でほとんど仕事をしていた。おかげで明日以降が少しは楽になりそうではある。

原稿を一つ無事に出して、次は校務が立て込む。というか、校務はいつでも立て込んでいる。もうすぐ五月も終わってしまうし、そうなるといよいよ論文を書き始めないといけない。とはいえ、論文を書くよりも優先しないといけない仕事もたくさんあるので、そちらにできるだけ早めに手をつけて、あまり自転車操業にならないようにしたい。そのためには、土日をいくらか注ぎ込むこともやむなし、という感じだ。それにしても、頸椎周辺を痛めるほどというのは明らかによくない。

YoutubeでMeta社がAI投資に関連して従業員の大量解雇に踏み切ったというニュースを流し見した。本当に、何のための労働なのだろう、と思う。人はみずから地獄へ進んでいく。それをまざまざと感じるから、終末論的にもなる。

実際、どうなのだろう。世界は確実に終末に加速しているのだろうか。戦後の文化表象にも、核兵器と宇宙開発をめぐる議論の中で終末が描かれることは多々あった。人はいつの時代もエスカトロギーを語ってきた。だが終わりはなかなか来ない。

人類というものが終わってしまうということは、我々一人一人の個体がいずれ死を迎えるのと同じように、事実的であると思う。宇宙にとって、あるいは絶対者にとって、人類というものがほんの一部のささやかな生命でしかないことは、おそらく間違いない。だから人類の終わりは、別に歴史の終わりでも世界の終わりでもない。つまり、そんなことは、誰もが少し考えれば分かることなのだ。

ここで重要なのは、人間が終わった後の世界をそのように人間が考えるという、一種の自己欺瞞である。人間が存在しない世界を眺める視座を人間が持つということは、結局なんらかの意味で「我々」が(もはや人間でなくとも、あるいはまだ人間であっても)存在するという、そういうことであって、もちろんそれは「語り手」がいなければ文字通り何も存在しなくなってしまう以上、必然のことではある。だが、人間の終わりということを文字通りに解するなら、そういう語り手もなんら存在しない、またそれを見るものも存在しない、絶対の死ということでないといけない。

にもかかわらず、それを見るものがあるということが、西田の語る「宗教」の意味だと私は思う。人間が終わっても、世界を眺めるものがある。この目が神の目であり、我々は神でもないのにそういう視座に立つことができる。無論それは構想力における人間の傲りだと見るべきだろう。だが我々がそのような目線に立っているときには、我々は明らかに特殊を超えた普遍のまなこで世界を見ているのである。それが直ちに世界を見る神の目だと言うのは、流石に言い過ぎである(絶対無が映す、それは構想力ではない)。しかし、そうしたまなこが一般者の方向にあるということは、やはりそれとして重要ではないかと思う。それは直ちに神のまなこではないにせよ、人類のまなこなのだと言うこともできるかもしれない。「人類のまなこ」と「神のまなこ」を区別すること、このことは終末論的世界観において重要なのではないか、と考えてみる。

 

神のまなこは人類が滅びようが自然がいくら傷つこうが構わない。神の見る目はそれでも時間を流れさせ、宇宙を動かすのである。西田は「太陽系が滅却し人類などいふもの跡方もなくなつても宗教はある」という大胆な言説を残した。これは以前、以下の記事で紹介したが、今日人類のための宗教というものがまた流行りそうな時代だからこそ、宗教というものがそういう側面を持ちつつも、そういうところを根本的に超出してしまうようなものでもあるということを、私としては思わざるをえない。

picassophia.hatenablog.com

ところで、人類のまなことしての一般者は、一般者の自覚的体系としてはいったいどこに当たるのだろうか。それは内的生命だろうか。内的生命の「人類」的限定面、とでも言うべきだろうか。いずれにせよ、それはやはり絶対無の場所ではないのである。人類のまなこというものを考えるには、中期よりも後期の方が概念的には探りやすいかもしれない。西田にとっての種という問題は、すでに類的種(田辺の使う意味ではない)であって、多様な生物、生命体の中の種なのではないかと思うが、このあたりはきちんと研究してみないことには自信がない。ともあれ、西田にとって人類というのは、すでに一つの限定体でしかあるまい。

にもかかわらず、人類という視座が重要であるということが、同時に重要なのである。我々は人類であって、やはり人類的社会において生きる生命なのである。人は人のなかで生き、人のなかで死ぬ。人のなかで苦しみ、人のなかで喜ぶのである。この「人」という枠組みそのものは、決して固定的ではないが、それでもやはり、我々の条件とか制約とかいう意味で、我々を限定する意味をもったものでなければならない。我々はやはり人として生きるわけだし、一生を送るわけである。その中に人間の現実というものがあり、人間の生活というものがある。

だから終末論というのは、こうした人間の崩壊を意味している。人間というものが人間であることを辞めてしまうかもしれない、人間として生きることを失ってしまうかもしれない、人間が跡形もなく滅びてしまうかもしれない、それが終末論の本質的な問題なのであって、ノエマ的方向だけを見れば苦しいが、ノエシス的方向から見れば一つの生命の終わりでしかない。

この矛盾のなかで、自分が人間であるが故に、人間の死をそれ自体として達観しきることもできない(そこで達観するところに、宗教者の自己欺瞞というものが往々にして出てくるような気がする)、そこに人間の終末論に対する自己矛盾というものがあり、恐怖や不安ではなく、悲哀がある。終末が恐怖や不安であるうちは、人間が人間として生きているというだけであり、そこではいくら「神の死んだ」近現代であっても、依然として人間は神に囲われた被造物にすぎないのである。恐怖や不安には矛盾はない。恐怖とか不安とかを感じるということは、そこでは自分の死とか世界の終わりとかいった「父」を前にしたエディプス・コンプレックスでしかないと考えることもできる。その程度の意味で語られる終末論を前にして出てくるのは、結局『黙示録』的世界観であろう。この意味では人々は21世紀になっても、依然として宗教的動物である。

そもそも人類は、終末に向かっているのか。仮に向かっているとして、それは避けられないのか。Memento Moriであるなら、我々はいったい何をなすべきなのか。終末を避けることなどできないなら、せめて緩やかにすることだろうか。しかし、それは終末に直面する人類世代の登場をいくらか遅らせることでしかないのではないか。

技術の成長は官僚的に遂行されている。金銭の授与と結果の出力が織りなしているとき、人間の人生全体の幸福というものはいつもなおざりにされている。人々は勤勉に仕事し、評価し、PDCAを回し、そうして人生の幸福というものからかえって遠ざかっている。それが終末における人類の形態であり、老年期なのだろうか。あとはもう、死を待つだけなのだろうか。

一方で、技術者たちは個人的な死を克服するために、そうした勤勉な仕事に励んでいる。たとえ核戦争が起きたとしても死なない、そういう身体が手に入れば、あるいは破壊された後でも復旧できる魂のデータがあれば、もはや終末などないと言えるかもしれない。いっそ魂のデータを宇宙に飛ばして、人工衛星のように旅行させてみたら安全なのではないか。だが、その魂は想起する魂であってほしい。忘れることがなければ退屈だし、それは本当に「データ」でしかない。風化し、忘失し、老朽化していく。そしてそうなると、結局またミスや勘違いがあって、いざこざがあって、愚かさは永遠に克服されない。

倫理的な結論としては、それでよいという話が一番わかりやすい落とし所になる。人は生まれたときに何も知らない。知識を身につけて行ったところで、せいぜい有限の知識しか身につけることはできない。それでも進歩があり、成長がある。愚かさの克服ということがある。だが、どこかでそうやって成長したものは朽ちていき、失われる。そうして新たな愚かな世代が出てきて、人類としては愚かさは克服されない。東浩紀が『平和と愚かさ』で語っているようなことは、世代間倫理の歴史哲学がまず認識しておくべきことだと言えると思う。

私の勤勉は、こうやっていろいろ考えたことを人々に公開するということでしかない。無論それに大した価値はない。それでも、首を労ること以上に優先して書き留める何かを、私は大事にして、さらにそこから何かを考えてみたい。

調整

連休最終日。一日も出勤することなく連休を消化できたのは、現職についてから初めてかもしれない。この4月から色々な点で状況が変わったが、今後こういう働き方が安定してほしいものだと思う。

ただ、幕開けは決してよいものではなかった。そもそも昨年度末からほとんど休みらしい休みを持てないまま新年度の激務が始まり、心身ともにボロボロになっていた。おかげで連休の冒頭は風邪をこじらせて寝込みっぱなしで、予定していた外出はすべてキャンセルになった。その分身体を休められたのは、精神的にもよかったかもしれない。この連休期間中は出勤こそしなかったものの、基本的に毎日授業準備などの落ち着いてやりたい仕事を家でやっていた。それが連休というのも悲しいところだが、これはこれでまぁ良いと割り切りたいと思うし、割り切らないとやってられない。(前回の記事で、これを乗り切れば二日間休める、と書いていたが、それは全くの勘違いで、結局一日は出張であった。これが風邪をこじらせる決定的なダメージになったように思う。)

色々とやるべきことを進められる限りで進め、休めるだけ休んだつもりだが、それでもなんとなく憂いが残るのが人間というものである。ここから数ヶ月はまたハードな日々が続くことになるわけで、そのためのペースを作る期間でもあったから、仕方がない。やりたいことをきちんとやれるようにしていくためには、必要な時間だと思う。

今年度は色々と修正を加える関係で、授業準備がそこそこ大変な状況にある。最低限のやるべきことは済ませられたが、「これで100%、どんとこい!」とは到底言えず、もういい加減そういう考えは捨てて、適度なやり方を覚えていかないといけない年齢かもしれないなとも思うが、それにしても気は晴れない。そもそも気が晴れるときというのは、実際の状況が終わったときであって、そこに至るまでに晴れるまでになるというのも、相当に難しいことだと言わなけれればならない。そうでなくとも色々やるべきことや考えがある限りは、十分すぎるくらいやったと自分を褒めるくらいでないといけない。なんとかそういう理由をつけて、自分を納得させたい。

ともかく、この休み期間がいい意味で方向を転換させる機能を持って欲しいものだと切に思う。もうあまり希望らしい希望も考えず、高望みをせず、しっかりと地に足をつけてやるべき仕事をするということをやっていきたいのだが、まだまだ不惑には至らない。

しばらく休暇らしい休暇から離れていたということもあって、ピアノを弾いても下手でつまらず、簡単な行列式の計算もおぼつかないほど頭が働かない病み上がりに際して数学をやる気力も起きず、運動したいという気持ちにもならなかった。そういう日もある。それでも日々は過ぎるということから香る幸せを、感じるべきなのかもしれない。

淡々

年度初めの山場をおさめて、今週が終われば久々に二日間の休みがある。

今月に入って出勤していない日をまだ2回しか得ていないが、幸い月末からの連休は例年に比べるとかなり休めそうなので、今週来週を乗り切ればというところ。今日は私用で出勤は午後から。

昨年度で一旦研究が落ち着いたということもあり、新しい主題で論文を考えているが、なかなかうまくいきそうにない。勉強量がまだまだ足りないなと思わされる。

そこに合わさって不要にそわそわしてしまうことがある。しっかり目の前の仕事を淡々とやるべきだ。本末転倒になってはいけない。

不安があるからつらつらと書き綴って気を紛らわせようかと朝から稿を起こしてみたが、やめることにする。GaussがNil actum reputans si quid superesset agendumと述べたという逸話を読んで、理想はそうだが、今は不十分でも何かを出す必要があるのでは、いや、でもやはり不十分が過ぎるか、という葛藤に拍車がかかっている。一度きりの成功か失敗かではなく、できるまで淡々とやってみるという気構えが、一番大事なのかもしれない。

イデアと理想——疲労のままに

年度初めの山場が昨日片付いたが、来週も土曜に出勤しなければならないし、授業に余裕もない。

今日は疲れが身体に来ているようで、一応睡眠時間はしっかりとったが、昼食後に体調が優れず、さっきまで寝ていた。今から大学時代の先輩がこちらに遊びにくるので、それまで休んで、出ていく。

 

いろいろ嫌になる。

 

ネットの言説には相変わらず希望がない。見る方が悪いのだから、日々の鬱屈さを晴らすために見るのは明日からまた辞めようと思う。それでも見てしまうのは、自分の現状がしんどいからである。うまくいっていないわけではないが、理想の生活ではないというところに、心苦しさがある。

理想の生活というものを、人並みに思い浮かべたりする。だが、根本的に自分が欲しているのはずっと地に足が着いた生活であって、惑いの少ない人生であると思う。見るべきものを見失わない生き方である。そういう状態が失われているからこそ、理想というものを考えたくなる。それは今の環境が手に入るかどうかというとき、痛い目にあったときにも深く学んだはずのことだ。何か形あるものが手に入るということも無意義では決してないが、それでは理想というものが満たされるわけではない。大事なのは地に足をつけることだ。

昨日だったか、ふとideaとidealの違いというものを考えた。「理想的なもの」としてのidealは、実は直ちにプラトンが語ったイデアとは一致しない(と私は思っている)。カントもまた、この点は区別している。純粋理性概念としてのIdee(理念)と、純粋理性の理想(Ideal)である絶対者とは、当然無関係ではないものの、そのまま一致する概念ではない。そしてIdeeとIdealをつなぐ道はいろいろあると思うし、そういうことで十分一本書けると思うが、私はむしろIdeeとIdealの区別というものに興味があるし、区別することで見えてくるものを人類は大事にすべきなのではないかという気もする(人類は、という壮大な主語を要請したが、これはさしあたりレトリックにすぎない)。

イデアというものは基本的には本体である。それ自身を指す概念だと私は思う。だが我々はしばしば誤るので、それ自体性、ハイデガー風に言えば本来性(Eigentlichkeit)から離れてしまう。本体から離れたあり方をしてしまうこと。これが日常性においてさしあたってたいていのあり方であり、日常的には非本来的であるが本来性にプライオリティがあることは自明であるから、我々はそれを「理想」とすることになる。簡単に言えば、ここにイデアと理想の間の通路がある。つまり「理想」を語るためには、本来的であるとか非本来的であるとかいった一種の価値判断が加わる必要がある。

この意味では、イデアだけを考えるなら、必ずしも価値判断は必要がないとも言える。それ自体であることは、ある意味自己完結的であって、他を必要としない。それ自体に良いも悪いもない、ということも言いうる。私がしばしば言う「地に足がついている」というのは、あるものがそれ自体としてあるということであって、何か別のものに心を奪われたりだとか羨んだり妬んだりだとかふわふわしていたりだとか誇張的であるとか自尊的であるとかそういうことから無縁である、という感じを意図している。それがとりもなおさず「理想的」であることはまぁそうなのだが、そういう述語を必然的に伴うわけではない、ということがここでは肝要なのだ。

 

私はそういうことをきっちりと哲学の歴史の中から取り出してみたいと思っている。だがそういう作業そのものが、どうにも今自分がいる環境や、今自分が生きている時代において円滑に進むわけではない。それで堂々巡りだが、ついつい足が地から離れて、どうにかうまくいかないものか、うまくいかないな、と逸ることになる。

これから果たしてどうなるのだろうか。ともかくいつでも見失わないでおくべきことを見失わないようにしたい。

イデアから絶対無へ

年度末の疲弊しきった心身を、年度初めの慌ただしさを迎えるまでようやく落ち着かせられる貴重な狭間の休みにあって、昼食を食べてから気絶するように昼寝をし、そうしてふと見えた、わかったことがあったので、書く。
今年はどうしようもなさにずっと苦悩した日々だった。自分自身の意志ではどうしようもない他者を相手にしながら、せめて自分自身で節制ができる自分自身を限界まで追い詰めて博士論文を書いた。自分とか他者とかいうものが曖昧だ、というのは社会生活における実践的現実を表すものとしては虚偽であり真実である。社会的実践において自他の区別というものはいつでも存する、だがそのときの自がどれほどで他がどれほどであるかは、いつでもそのとき次第なのである。上の命題はそういう意味でしかあり得ない。そしてこの「どれほど」を決める一つの明確な指標が身体である。私の身体の疲労は、他者の身体には干渉しない。私がどれだけ献身的に他者に尽くしても、他者が「よりよくなる」とは限らない。いま私は、こういうところに「私と汝」の問題を見ざるを得ない。
(無論、「よりよくなる」をどれほどのロング・スパンで考えるのかを判定するまでは、我々は厳密にはまだこれについて「いい」とか「悪い」とかを判定する権利を持たない。今、数ヶ月後、あるいは一年後の事実において「悪い」ことが、五年後、十年後の事実において「いい」ことは十分にあり得る。問題は、このような時間現象によって変動する倫理学的諸概念が、それ自体「よく」機能することになるのはどういう条件においてであるかを究明することにある。いずれにせよ、ここではその問題は第一の問題ではない。)
 
さて、何が見えて、何がわかったのか。とかく私自身がこのように疲弊し苦悩する状態にあって「迷えるもの」となっていることは否めない。その中で私は、博士論文を提出して予定通りイデアに関する研究を本格的に始動している。
プラトンの著作を一つ一つ紐解き、ギリシア語を確認しながら読んでいくと、プラトン自身がそれほど「イデア」というものを、ひいては「イデア」という言葉すらも、そう頻繁に使っているわけではないということに気がつく。それは実際そうらしく、納富信留も『パイドン』の解説で、イデアというものが別に言うほど固定的なものとして想定されているわけではないことを断っている。なんなら当の『パイドン』では、ソクラテスはイデアを「基礎定立」(ヒュポテシス)として語っている。もっと慎重に考察してみなければならないことではあるが、プラトンのイデアというものは「イデア」という概念が指示している当の内実が重要であって(こう書くと当たり前なのだが)、それを指示するときプラトンはたいていソクラテスに「それ自身」(autos)という言い方をさせている。
イデアというのは、あるもののそれ自身性である、と考えることはできまいか。このあるもの、と言うのも狭義に限定する必要はない。鉛筆の鉛筆性、それ自身性が鉛筆のイデアである。机の机性、それ自身性が机のイデアである。アリストテレス的に解するなら、それはやはり「形」(eidos)になるし(「型」と言ってもよいかもしれない)、プラトン自身もしばしばエイドスと言うわけだが、プラトンがautosという言い方でイデアを指示するとき、それはそのもののそのもの性、ヴィンデルバントのSelbigkeitと近いような気がする。
 
このようにつなげると、面白いことが言える。
イデアはある意味で恒等射そのものであり、写されるものがまったくそれ自身であるということを意味する。ここで重要なのは、この恒等射は「構成」(konstitution)ではなく、むしろ「直観」であるということである。指示するものを何等濁すことなく写すということが「直観」であり、そこで見られるものがイデアである。だから写すものと写されるものは、この場合別なるものではない。イデアを見るものは自己自身を見るものである。
 
そうして西田に辿り着く。叡智的一般者はイデアを見るものであり、自己自身を見るものである。でもそれを現実に落とし込んで言えば、叡智的一般者はその都度の(こう言ってよければ)意識現象をそのような意識現象として写すものということである。その証拠に、叡智的一般者を知的に限定するとカントの意識一般になる。統覚の総合的統一は経験的実在を客観的に基礎づける。我々が経験する目の前の様々な対象(机、鉛筆、など)はみな、Ich denkeの伴いに於てある。この場合、ある知的叡智的に限定された意識現象がさらに判断的に限定されれば、「この机は堅い」とかいった判断になると考えることができる。だが西田は、叡智的一般者は別に知的にだけ限定されるものではないと考えている。それは情意的でもあり得る。だから我々の現実は、知的に判断されるものである以前に(ア・プリオリに)感情や意志を伴ったものであり得る。
 
そうしてこの叡智的一般者自体が、絶対無の場所に於てある、という点が何より重要である。叡智的自己の自覚から絶対無の自覚を切り分けるところに何があるか。西田は「迷える自己」として語っていた。ここではもしかすると、イデアはやはり「真善美」としてイメージされているかもしれない。それ自身であることが真であり善であり美でもあるか、ということは考察を要する。だがいずれにしても、我々はこうしたイデアを〈突き放して見る〉ということが現にあり得る。ある意味では叡智的一般者自体を「他」ないし「汝」となし得るわけである。そこに「自由」もあり得る(シェリング風に言えば悪への自由だが、その場合に我々が考えるべきことは「悪とは何か」である)。
イデアを見るものと、イデアおよびイデアを見るものを写すものはここにおいて矛盾する。あるべきことは、あるべきであるか、迷われる――そのように写すものがまた限定されてくる。叡智的自己とこれを見る自己。後者は何であるか。すくなくともそれは、単なる叡智的自己ではあり得ない。自己矛盾的だからである。であれば、そのような矛盾的自己はそもそもなぜ現れたのか??それを限定する絶対無の場所というものが、ここにおいて考えられなければならない。そしてそうした問題を考えるときには、『一般者の自覚的体系』はどうしても現実に沿って「動く」ものでなければならなくなってくる。もはや特定の経験的事実を知的判断として限定する認識論ではいられなくなる。だからこそこの次の『無の自覚的限定』では、「動く」ものとして時間が問題になるのである。時間的に何かが動き、何かがそのように定まる、限定されるということが問題になるのである。叡智的一般者の問題は行為の問題となり、あるいは表現の問題となる。そこに『一般者の自覚的体系』と『無の自覚的限定』の接続点ないし連結点がなければならない。
 
イデアは超時間的であるが、場所的論理は超時間的なイデアを包摂する。ただ、この場合時間というカテゴリーが果たして適当かどうかは、もう少し考えてみる必要もある。イデアは非感性的ではあるが、やはり時間に於て歴史に於て見られるのである。『パイドン』のように、魂と肉体を切り分けてしまうのは、歴史的現実をそのものとして把握する上では間違っている(歴史的社会的現実を「よく生きる」ための仮説としては、大いに意味があると思う。人生を最期までよく(エウ)飾って生きるということに、一つの完成を見る生き方は文字通り善く、また美しい。そうでもなければ、我々は六師外道のプーラナのように、道徳否定的に生きる自分をいくらでも措定し得るし、善く美しく飾り得る自分の人生を、自ら「それ以外にあり得ない」と決めつけて醜く汚してしまう切ない生き方ばかりにもなってしまうだろう。ソクラテスの語る魂の不死説は、自分の人生をより善く美しくすることが我々にはできるということを我々に教えている。無論、それを否定する自己があり得るという点に、絶対無への通路があるのだが)。